2025-9-20(作業日誌589)
2025年 9月20日(土) 晴れ 辻さんと飲む
保土ヶ谷に住んでいる辻ご夫妻と、年2、3回の飲み会。お土産は刻み乾燥しいたけと栗。辻さんからは大分の麦焼酎をいただく。
年に何回か会うが、楽しくお酒を飲める友人。というか、仕事の先輩。
9月19日(金)晴れ 葉山帰り
6時過ぎに資料館をでて、葉山へ帰る。13時前に帰宅。
車軸のクラッチが大きくなっていますという、車の警報はならず。これが何を意味するか不明で、気になる。いつもガソリンスタンドで聞いても分からず。
今回は、刻み乾燥しいたけと栗を持って帰る。栗はもう終わりかと思っていたが、ここ2、3日でかなりの量が落ちていた。拾わないと、車が轢くと後が汚らしいので、イガを蹴飛ばし庭の隅に、栗は拾うという作業。
9月18日(木) 晴れ 太田市打ち合わせ
12時前に学校を出て、太田市へ。11月の公演の現場確認。劇場の担当者が十分な打ち合わせはできなかった。
途中、昼食に寄った食堂。アジフライ定食・750円。アジそのものがふっくらとしていた上に衣もがっちりしていて、いや、満腹でした。先日、大船の食堂のアジフライはペラペラなのに、値段は倍。
9月17日(水) 晴れ サーカス学校
午前中、学校を覗く。皆、練習している。もう少し厳しほうがいいのかもしれないとも思うが、とりあえずは口を出さず資料館に戻る。
資料館の庭に、栗が沢山落ちている。資料館の横でしいたけ栽培をしている金子君や学校の生徒に配ったりしているが、まだ沢山残っている。家に持って帰るには多すぎるのだが。
9月16日(火) 晴れ サーカス学校へ
9時半頃に学校へ。佐合君の和楽君、最近入学した高橋君、そして今日から練習に参加する那和君の様子を見る。
*
西谷格著『一九八四+四十』読了。なんとも苦しい思いにさせられる本だ。ウイグルの人々は中国による弾圧、政策、教育についてそれぞれにさまざまな思いを持っていることを、そうした人々の話を聞きながら著者自身が、ウイグルが独立すればいいのか、今のままの中国のさまざまな政策、モスクを破壊し学校での教育からウイグル語を排除し、多くのウイグル人を教育センターに収監して、中国語の歌を歌わせ習近平を褒め称えるスローガンを覚えさせ、拷問を含めて、中国人化させようとすることが正しくないとしても、ウイグルの人々のなかには中国化を受け入れている人々もいる。そうした現実を知り、著者もまた悩んでいることがこの本から知ることができる。それ故、著者は中国の弾圧的なウイグル族の抹殺を図るような政策に反対しつつも、ウイグル族の独立に加担することはできないと考えているようだ。
ウイグル族に対する弾圧はジェノサイドだとすれば、国際社会がそれに対してどのような立場に立つか、そこにしか解決の糸口はないように思えるのだが、それがどのようなものか、勉強不足のせいで、すこしも少しも見えてこない。
保土ヶ谷に住んでいる辻ご夫妻と、年2、3回の飲み会。お土産は刻み乾燥しいたけと栗。辻さんからは大分の麦焼酎をいただく。
年に何回か会うが、楽しくお酒を飲める友人。というか、仕事の先輩。
9月19日(金)晴れ 葉山帰り
6時過ぎに資料館をでて、葉山へ帰る。13時前に帰宅。
車軸のクラッチが大きくなっていますという、車の警報はならず。これが何を意味するか不明で、気になる。いつもガソリンスタンドで聞いても分からず。
今回は、刻み乾燥しいたけと栗を持って帰る。栗はもう終わりかと思っていたが、ここ2、3日でかなりの量が落ちていた。拾わないと、車が轢くと後が汚らしいので、イガを蹴飛ばし庭の隅に、栗は拾うという作業。
9月18日(木) 晴れ 太田市打ち合わせ
12時前に学校を出て、太田市へ。11月の公演の現場確認。劇場の担当者が十分な打ち合わせはできなかった。
途中、昼食に寄った食堂。アジフライ定食・750円。アジそのものがふっくらとしていた上に衣もがっちりしていて、いや、満腹でした。先日、大船の食堂のアジフライはペラペラなのに、値段は倍。
9月17日(水) 晴れ サーカス学校
午前中、学校を覗く。皆、練習している。もう少し厳しほうがいいのかもしれないとも思うが、とりあえずは口を出さず資料館に戻る。
資料館の庭に、栗が沢山落ちている。資料館の横でしいたけ栽培をしている金子君や学校の生徒に配ったりしているが、まだ沢山残っている。家に持って帰るには多すぎるのだが。
9月16日(火) 晴れ サーカス学校へ
9時半頃に学校へ。佐合君の和楽君、最近入学した高橋君、そして今日から練習に参加する那和君の様子を見る。
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西谷格著『一九八四+四十』読了。なんとも苦しい思いにさせられる本だ。ウイグルの人々は中国による弾圧、政策、教育についてそれぞれにさまざまな思いを持っていることを、そうした人々の話を聞きながら著者自身が、ウイグルが独立すればいいのか、今のままの中国のさまざまな政策、モスクを破壊し学校での教育からウイグル語を排除し、多くのウイグル人を教育センターに収監して、中国語の歌を歌わせ習近平を褒め称えるスローガンを覚えさせ、拷問を含めて、中国人化させようとすることが正しくないとしても、ウイグルの人々のなかには中国化を受け入れている人々もいる。そうした現実を知り、著者もまた悩んでいることがこの本から知ることができる。それ故、著者は中国の弾圧的なウイグル族の抹殺を図るような政策に反対しつつも、ウイグル族の独立に加担することはできないと考えているようだ。
ウイグル族に対する弾圧はジェノサイドだとすれば、国際社会がそれに対してどのような立場に立つか、そこにしか解決の糸口はないように思えるのだが、それがどのようなものか、勉強不足のせいで、すこしも少しも見えてこない。
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