2026-3-25(作業日誌627)
2026年 3月26日(木) 雨 昨日に続き小雨
『物語化批判の哲学』(難波優輝著)読了だが、あちこち引っかかりわからずのまま読も終えたが、最後の「おもちゃ遊び」の部分はなぜか納得。子供がパズルのピースを勝手に弄り、合致する場所に置かずに、ピースで他の遊びを始めるというところに、新しい創造性を発見する、この「おもちゃ遊び」で世間というか世界へゆらゆらと漂っていく。そうとは書かれていないが、そうした生き様がいいのでないかと誤読することにした。
今日は一日中、机にしがみついて仕事というか、新聞の切り抜き、読書、シアターX公演について考えたりしていた。
明日からは一週間、サーカス村入り。体験入学者が2名来村するので、飯炊きのお世話だ。
3月25日(水)雨 眼科へ
北鎌倉の眼科へ、定期検診。といっても、3ヶ月に間をおいていかなければならないが4ヶ月ほどすぎている。視力等は変わらないが、眼圧が高くなっている。きちんと目薬を指していないからかもしれない。その後、逗子の戻り、安い中華屋へ。好きなレバニラ定食を注文。塩が効きすぎているので、この店でレバニラを頼むことはもうないだろう。前回は台湾ラーメンを頼んだのだが、これもいささか辛すぎた。さて次回は何を頼むか。
その後、くまざわ逗子支店によって、小泉悠著『現代戦争論』と湊かなえ著『暁星』を購入し、ドトールコーヒー店に。しばし読書。といっても買った本ではなく、読みかけの『物語化批判の哲学』(難波優輝著)。とても読みにくい本で、つまり若い人の語彙がよくわからないので、極めて読みにくいのだ。なんとか一読したいが、つまり一読ではあまり理解できないということ。といって再読するかは疑問だ。
逗子からの帰りのバスは海岸周りで。天気が悪い時に海の様子を見たいと思って海岸周りを選んだのだが、海は静かでかつ大潮の時のように引いていたので、僕の好きな“荒れた海辺”の風情は全く感じられなかった。なんとなく残念な気持ちが胸の奥で揺れていた。
*
それにしても、右足のアキレス腱の痛みが取れないのが辛い。原因不明。面白いことではないのだが、アキレス腱、ふくらはぎの痛みがある時には、ずっと痛んでいるはずのくるぶしの痛みは感じない。なぜか?
3月24日(火)晴れ 自宅
朝9時過ぎから11時まで庭いじり。といってもほぼ草むしり。このところ雑草の成長が早い。まあ、こちらの毟るスピードよりも雑草たちの成長が早いということ。それでもなんとか追いつこうと毟っている。もうじき、暑くなって日の下での草毟りそのものが辛くなるだろう。草むしりの後の一杯の水がうまい。
9月シアターXのサーカス公演。いろいろと悩んでいる。果たしてやる意味があるのかどうかから詳細の部分で、さて、どうしたものかという悩み。金銭的な悩みもあれば、メンバーについても不安がないわけではない。あれもこれも悩むが、さてどうしたものか。
3月23日(月)雨 歯科医へ
11時に歯医者へ。一本治療完了。もう一本は4月20日から。なにしろほぼ月一でしか治療してもらえない。そんなに混んでいるとは思えないのだが、先生がのんびりしているのかなどうかな。
*
笠原十九司著『南京事件 新板』を読み終える。
なんとも読むのが辛かった。日本軍兵士の残虐非道ぶりが次々と語られている。兵士のみならず市民、農民を虐殺、強姦していった兵士は、実は1937年当初、20代30代の日本男子。僕らの血縁者なのだ。
現在のパレスチナでアラブ人を殺掠しているイスラエルのユダヤの、その残虐行為をおも浮かべてしまう。戦争、侵略という国家の行為とは一体なんなのか。」その非人間性は人のどこから出てくるのだろうか。
*
9月のシアターXでのサーカス公演。いろいろと問題が出てくる。まずミスっているのが、公演日が大相撲の秋場所と重なっていることだ。これでは近場のホテルはほぼ満員でないのか。
3月22日(日)晴れ 自宅 草むしり
だいぶ暖かくなってきたので、雑草の伸びが早い。で、今日は午前中2時間ほど草むしり。それと、蕗をいくらかとって夕食のテーブルに。
昨日届いた京都の橋本君からの玄米3キロを7分撞くきに。どんな味か楽しみ。
9月のシアターXの公演について頭を悩ましている。いろいろと難問が出てくる。
3月21日(土) 晴れ 自宅
新聞の整理、会報原稿チェック、9月シアターX公演の出演者への連絡、予算表の見直しなどなど、朝から机に向かっている。9月公演にお金がかかりすぎるが、予算を削るとなるとギャラを抑えるしかないので、頭が痛い。どれだけ入場料が入るかも予測できないし。
『物語化批判の哲学』(難波優輝著)読了だが、あちこち引っかかりわからずのまま読も終えたが、最後の「おもちゃ遊び」の部分はなぜか納得。子供がパズルのピースを勝手に弄り、合致する場所に置かずに、ピースで他の遊びを始めるというところに、新しい創造性を発見する、この「おもちゃ遊び」で世間というか世界へゆらゆらと漂っていく。そうとは書かれていないが、そうした生き様がいいのでないかと誤読することにした。
今日は一日中、机にしがみついて仕事というか、新聞の切り抜き、読書、シアターX公演について考えたりしていた。
明日からは一週間、サーカス村入り。体験入学者が2名来村するので、飯炊きのお世話だ。
3月25日(水)雨 眼科へ
北鎌倉の眼科へ、定期検診。といっても、3ヶ月に間をおいていかなければならないが4ヶ月ほどすぎている。視力等は変わらないが、眼圧が高くなっている。きちんと目薬を指していないからかもしれない。その後、逗子の戻り、安い中華屋へ。好きなレバニラ定食を注文。塩が効きすぎているので、この店でレバニラを頼むことはもうないだろう。前回は台湾ラーメンを頼んだのだが、これもいささか辛すぎた。さて次回は何を頼むか。
その後、くまざわ逗子支店によって、小泉悠著『現代戦争論』と湊かなえ著『暁星』を購入し、ドトールコーヒー店に。しばし読書。といっても買った本ではなく、読みかけの『物語化批判の哲学』(難波優輝著)。とても読みにくい本で、つまり若い人の語彙がよくわからないので、極めて読みにくいのだ。なんとか一読したいが、つまり一読ではあまり理解できないということ。といって再読するかは疑問だ。
逗子からの帰りのバスは海岸周りで。天気が悪い時に海の様子を見たいと思って海岸周りを選んだのだが、海は静かでかつ大潮の時のように引いていたので、僕の好きな“荒れた海辺”の風情は全く感じられなかった。なんとなく残念な気持ちが胸の奥で揺れていた。
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それにしても、右足のアキレス腱の痛みが取れないのが辛い。原因不明。面白いことではないのだが、アキレス腱、ふくらはぎの痛みがある時には、ずっと痛んでいるはずのくるぶしの痛みは感じない。なぜか?
3月24日(火)晴れ 自宅
朝9時過ぎから11時まで庭いじり。といってもほぼ草むしり。このところ雑草の成長が早い。まあ、こちらの毟るスピードよりも雑草たちの成長が早いということ。それでもなんとか追いつこうと毟っている。もうじき、暑くなって日の下での草毟りそのものが辛くなるだろう。草むしりの後の一杯の水がうまい。
9月シアターXのサーカス公演。いろいろと悩んでいる。果たしてやる意味があるのかどうかから詳細の部分で、さて、どうしたものかという悩み。金銭的な悩みもあれば、メンバーについても不安がないわけではない。あれもこれも悩むが、さてどうしたものか。
3月23日(月)雨 歯科医へ
11時に歯医者へ。一本治療完了。もう一本は4月20日から。なにしろほぼ月一でしか治療してもらえない。そんなに混んでいるとは思えないのだが、先生がのんびりしているのかなどうかな。
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笠原十九司著『南京事件 新板』を読み終える。
なんとも読むのが辛かった。日本軍兵士の残虐非道ぶりが次々と語られている。兵士のみならず市民、農民を虐殺、強姦していった兵士は、実は1937年当初、20代30代の日本男子。僕らの血縁者なのだ。
現在のパレスチナでアラブ人を殺掠しているイスラエルのユダヤの、その残虐行為をおも浮かべてしまう。戦争、侵略という国家の行為とは一体なんなのか。」その非人間性は人のどこから出てくるのだろうか。
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9月のシアターXでのサーカス公演。いろいろと問題が出てくる。まずミスっているのが、公演日が大相撲の秋場所と重なっていることだ。これでは近場のホテルはほぼ満員でないのか。
3月22日(日)晴れ 自宅 草むしり
だいぶ暖かくなってきたので、雑草の伸びが早い。で、今日は午前中2時間ほど草むしり。それと、蕗をいくらかとって夕食のテーブルに。
昨日届いた京都の橋本君からの玄米3キロを7分撞くきに。どんな味か楽しみ。
9月のシアターXの公演について頭を悩ましている。いろいろと難問が出てくる。
3月21日(土) 晴れ 自宅
新聞の整理、会報原稿チェック、9月シアターX公演の出演者への連絡、予算表の見直しなどなど、朝から机に向かっている。9月公演にお金がかかりすぎるが、予算を削るとなるとギャラを抑えるしかないので、頭が痛い。どれだけ入場料が入るかも予測できないし。
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