2026-4-10(作業日誌630)
4月10日(金) 曇り 自宅
今日も一日自宅で読書で過ごす。
折口信夫の「身毒丸」。
身毒丸は、田楽師の子供だ。
「身毒はをりをりその父親に訣れた時の容子を思い浮べて見る。身毒はその時九つであった。」
「ある処では青葉山を点綴して、躑躅の花が燃えてゐた。ある処は、広い河原に幾筋となく水が分れて、名も知らぬ鳥が無数に飛んでゐたりした。そういふ景色の一つに、模糊とした羅衣をかづいた記憶のうちに、父の姿の見えなくなった、夜の有様も交ってゐた。」
「今年五月の中頃、例年行く伊勢の関の宿で、田植ゑ踊りのあつた時、身毒は傘踊りという危い芸を試みた。これは高下駄を穿いて足を挙げ、その間を幾度も幾度も長柄の傘を潜らす芸である。」
4月9日(水) 曇り 自宅
雨が降るかと思ったが、一日、風の強い曇りの日。外での仕事はせずに、読書。
折口信夫著『死者の書 身毒丸』を読む。
4月8日(水) 晴れ 机の移動などなど
今週末、女房殿の本がドーンと届くので、その運び込み、場所の確保のため自分の部屋の配置換え。ベッドを動かし壁際に本を置くスペースを作る。机の位置を変えて、本の杯の入ったダンボール箱を積み上げるスペースを確保。机の向きを変え、ガラス戸を開ければ、ダンボール箱を運び込めるようにする、さらに僕の部屋の前は、植木鉢がかなり置いてある。これがあると、部屋のガラス戸を開けて直接、物を運び込めないので、まずは、植木鉢を移動。植木鉢を置いていたところは、たくさん雑草が生えているので、それを取り除く。なんやかや、一日仕事であった、とさ。
4月7日(火) 曇り
朝7時半に車で妻と娘を送る。帰りに微かに雨の匂い。でも降りだしてはいないよ。
シアターXの宮下さんからまだ照明の人の話しはこない。
照明の宮野さんにはとりあえず今回の依頼はキャンセルということで、昨夜メールした。今日中に電話も入れよう。
シアターXサーカス公演の照明屋さんを、シアターXの宮下さんに頼んでいるが、返事が来ないので焦っている。ダメなら今回の公演は延期というか諦めなければならないかもしれないので。かなり追い詰められている気分でいる。
*
突然思いついたというか、ひらめきというほどのものではないが、これから先の残り少ない人生をいかに自分なりに、そこそこ満足できる日々として過ごしていくためにどのような日常を送っていけばいいかを考えようとしている、この自分という人、つまり自分が息をしていることにそれとなく気づいている。まあ、老後の自分の日々を、いかに大事に生きていくかということだろうと考え始めているのだろう。
それは、ある意味では毎日少しずつでも持っている物、具体的な物の処分であり、同時に自分の感性としても無駄な感性、感覚、つまり好き嫌いからの離脱というか、好き嫌いはほぼものへの好き嫌いで、それへの執着であろうから、それらから身を引き離すことではないかと思えるので、そのような日々を送れるように、新しい感覚、それがまた自分の身についてしまっては何にもならないのだが、、、。つまり、こうしたことを考えること自体が、老人の世迷言かもしれないのだが。
ともかく、若い人の中には、現在の僕を見て、つまり老人の僕を見て、彼らが関心をもつ他者の範疇からすでに外れている眼差しをしているものもすくなくない(ということは主に性的な興味を引かないということなのだが)。とはいうものの、こんなことはどうでもいいのであって、大切なのは、残り少ない人生を過ごしながら、いかに、僕が新しい感性を身につけられるか、自分のものにすることができるかである。
ふ、ふ、ふ、、ちょっくらがんばってみるさかいという気分である。
4月6日(月)曇り シアターXへ
上田さんが話しがあるというので、IDTFに1時間前にシアターXへ。ケイさんと僕と二人呼ばれて、今年のテーマである中村桂子先生の“人類はどこで間違えたのか”にクレームをつけて、人類も間違えなかったというタイトルの作品でIDTFに参加したいと言うメンバーが作ったチラシを見せてもらい、どう思うかと聞かれる。そうゆうタイトルのものがあっても構わないというか、ジョーク見たいなものだと思うと発言しておく。
大体、人類は間違えっぱなしで、やたら戦争をおこなってきたのではないかと思っているので、“間違えた”と言う言葉に反応している人には、なぜ、その言葉に反応しているのかそれを知りたいところだ。僕には、相当、ノーテンキな人と思えるのだが、さて。
*
シアターXの宮下さんに誰か照明の人を紹介してもらえないかと尋ねる。
*
IDTF会議後、東中野の高徳寺に。一年分のお墓の管理を払う。で、墓前に花、線香を供え、両親と妹に、そちらでの生活はいかがかなと聞きながら手を合わせる。墓地に永代墓跡として作られたのか、手のひらの大きさの石をたくさん嵌めこんだような高さ3メートルほどのコの字型の岩屋のようなものができている。その一つひとつの石の下に名前を書いたものが埋め込まれて入れる。なるほど、これならばお参りしようと思えば、お参りできると言うことかとなんとなく納得する。狭い国土とはいえ、人工減の日本だ、新たな墓地を増設しても土地がなくなる心配はないと思うが、都会では無理な話だし、お寺にお墓を作るとなると、かなりの金がかかるし、お墓は売れないし、年間管理もかかる。さて、この永代供養の石らしきもの一個の購入料はいくらかなとふと考えてしまった。
*
東中野駅西口から伸びている東中野銀座通りを歩く人があまりに少ないのに驚く。この商店街がシャッター通りのようになるとはおもえないのだが、なんとなくそんな気配が漂っている気がしないでもない。
それにしても、わずか2日間ほど自宅で寝込んでいるような時間を過ごしただけで、かなり歩行困難に。右足のふくらはぎの痛みが取れていないので一歩一歩ゆっくりにしか歩けない。なんとも情けない。これは整形外科にいけば治るものなのか。明日にギブスのようなものを取り付けている人を見ると、つい気になってしまう。足の下に平たいものを差し込みそれを棒状のものが支え、その先を足の膝の下あたりでベルトで固定するような器具を取り付けている人をみかける。へ〜そのなものまであるんだと思ったが、それが果たして僕の足にも合うものかは検討がつかない。
今日も一日自宅で読書で過ごす。
折口信夫の「身毒丸」。
身毒丸は、田楽師の子供だ。
「身毒はをりをりその父親に訣れた時の容子を思い浮べて見る。身毒はその時九つであった。」
「ある処では青葉山を点綴して、躑躅の花が燃えてゐた。ある処は、広い河原に幾筋となく水が分れて、名も知らぬ鳥が無数に飛んでゐたりした。そういふ景色の一つに、模糊とした羅衣をかづいた記憶のうちに、父の姿の見えなくなった、夜の有様も交ってゐた。」
「今年五月の中頃、例年行く伊勢の関の宿で、田植ゑ踊りのあつた時、身毒は傘踊りという危い芸を試みた。これは高下駄を穿いて足を挙げ、その間を幾度も幾度も長柄の傘を潜らす芸である。」
4月9日(水) 曇り 自宅
雨が降るかと思ったが、一日、風の強い曇りの日。外での仕事はせずに、読書。
折口信夫著『死者の書 身毒丸』を読む。
4月8日(水) 晴れ 机の移動などなど
今週末、女房殿の本がドーンと届くので、その運び込み、場所の確保のため自分の部屋の配置換え。ベッドを動かし壁際に本を置くスペースを作る。机の位置を変えて、本の杯の入ったダンボール箱を積み上げるスペースを確保。机の向きを変え、ガラス戸を開ければ、ダンボール箱を運び込めるようにする、さらに僕の部屋の前は、植木鉢がかなり置いてある。これがあると、部屋のガラス戸を開けて直接、物を運び込めないので、まずは、植木鉢を移動。植木鉢を置いていたところは、たくさん雑草が生えているので、それを取り除く。なんやかや、一日仕事であった、とさ。
4月7日(火) 曇り
朝7時半に車で妻と娘を送る。帰りに微かに雨の匂い。でも降りだしてはいないよ。
シアターXの宮下さんからまだ照明の人の話しはこない。
照明の宮野さんにはとりあえず今回の依頼はキャンセルということで、昨夜メールした。今日中に電話も入れよう。
シアターXサーカス公演の照明屋さんを、シアターXの宮下さんに頼んでいるが、返事が来ないので焦っている。ダメなら今回の公演は延期というか諦めなければならないかもしれないので。かなり追い詰められている気分でいる。
*
突然思いついたというか、ひらめきというほどのものではないが、これから先の残り少ない人生をいかに自分なりに、そこそこ満足できる日々として過ごしていくためにどのような日常を送っていけばいいかを考えようとしている、この自分という人、つまり自分が息をしていることにそれとなく気づいている。まあ、老後の自分の日々を、いかに大事に生きていくかということだろうと考え始めているのだろう。
それは、ある意味では毎日少しずつでも持っている物、具体的な物の処分であり、同時に自分の感性としても無駄な感性、感覚、つまり好き嫌いからの離脱というか、好き嫌いはほぼものへの好き嫌いで、それへの執着であろうから、それらから身を引き離すことではないかと思えるので、そのような日々を送れるように、新しい感覚、それがまた自分の身についてしまっては何にもならないのだが、、、。つまり、こうしたことを考えること自体が、老人の世迷言かもしれないのだが。
ともかく、若い人の中には、現在の僕を見て、つまり老人の僕を見て、彼らが関心をもつ他者の範疇からすでに外れている眼差しをしているものもすくなくない(ということは主に性的な興味を引かないということなのだが)。とはいうものの、こんなことはどうでもいいのであって、大切なのは、残り少ない人生を過ごしながら、いかに、僕が新しい感性を身につけられるか、自分のものにすることができるかである。
ふ、ふ、ふ、、ちょっくらがんばってみるさかいという気分である。
4月6日(月)曇り シアターXへ
上田さんが話しがあるというので、IDTFに1時間前にシアターXへ。ケイさんと僕と二人呼ばれて、今年のテーマである中村桂子先生の“人類はどこで間違えたのか”にクレームをつけて、人類も間違えなかったというタイトルの作品でIDTFに参加したいと言うメンバーが作ったチラシを見せてもらい、どう思うかと聞かれる。そうゆうタイトルのものがあっても構わないというか、ジョーク見たいなものだと思うと発言しておく。
大体、人類は間違えっぱなしで、やたら戦争をおこなってきたのではないかと思っているので、“間違えた”と言う言葉に反応している人には、なぜ、その言葉に反応しているのかそれを知りたいところだ。僕には、相当、ノーテンキな人と思えるのだが、さて。
*
シアターXの宮下さんに誰か照明の人を紹介してもらえないかと尋ねる。
*
IDTF会議後、東中野の高徳寺に。一年分のお墓の管理を払う。で、墓前に花、線香を供え、両親と妹に、そちらでの生活はいかがかなと聞きながら手を合わせる。墓地に永代墓跡として作られたのか、手のひらの大きさの石をたくさん嵌めこんだような高さ3メートルほどのコの字型の岩屋のようなものができている。その一つひとつの石の下に名前を書いたものが埋め込まれて入れる。なるほど、これならばお参りしようと思えば、お参りできると言うことかとなんとなく納得する。狭い国土とはいえ、人工減の日本だ、新たな墓地を増設しても土地がなくなる心配はないと思うが、都会では無理な話だし、お寺にお墓を作るとなると、かなりの金がかかるし、お墓は売れないし、年間管理もかかる。さて、この永代供養の石らしきもの一個の購入料はいくらかなとふと考えてしまった。
*
東中野駅西口から伸びている東中野銀座通りを歩く人があまりに少ないのに驚く。この商店街がシャッター通りのようになるとはおもえないのだが、なんとなくそんな気配が漂っている気がしないでもない。
それにしても、わずか2日間ほど自宅で寝込んでいるような時間を過ごしただけで、かなり歩行困難に。右足のふくらはぎの痛みが取れていないので一歩一歩ゆっくりにしか歩けない。なんとも情けない。これは整形外科にいけば治るものなのか。明日にギブスのようなものを取り付けている人を見ると、つい気になってしまう。足の下に平たいものを差し込みそれを棒状のものが支え、その先を足の膝の下あたりでベルトで固定するような器具を取り付けている人をみかける。へ〜そのなものまであるんだと思ったが、それが果たして僕の足にも合うものかは検討がつかない。
この記事へのコメント